介護コラム

連載介護小説「ユウキの日記」vol.4

第4話「これが、高齢化社会の現実」

【前回までのあらすじ】
父の葬儀を終えてからも、「認知症」のことが頭から離れない有紀。
そんな彼女の元に、いとこの和子から「母の介護を手伝ってほしい」という着信が入る。
和子の母、つまり有紀の伯母である美佐子は末期がんを患っており、しかも認知症の徴候を見せていたのだ。
世話になった恩義もあることから、有紀はそれを承諾するが……。

第1話第2話第3話

繰り返し叫ぶご婦人

私はいとこの和ちゃんに言われるがまま、美佐子おばさんが退院する日に、おばさんのいる病院へ向かいました。
恥ずかしながら、結局その日が初めてのお見舞い(兼退院手伝い)だったのですが、そこで私はショックを受けたのです。
病院に来るのは、小学生の骨折した時以来。父の見舞いも渋っていたので、本当に久しぶりに訪れた場所でした。
院内は、想像以上に高齢者ばかり。通院患者さんのフロアはもちろん、どの病室もお年寄りで溢れかえっていました。
「ああ、日本は本当に高齢化社会になったんだな」と廊下を歩きながら各病室を覗き見ていると、不意に叫び声が。
「すみませ~ん! すみませ~ん!」
見ると、両手に大きなミトンをはめた80代とみられるご婦人が大声を出しています。
看護師さんを探しましたが、どなたも何事もないかのようにお仕事を続けていました。
焦った私はこの場を立ち去っていいものか、とオロオロ。
するとそのご婦人が私に気付いて、病室の中から声をかけてきたのです。
「ああ、お嬢さん。悪いんだけど、この手袋、外してもらえないかしら」
自分がこの医療用の手袋を外していいわけがない。私は言葉を濁して立ち去ろうとしました。しかし、そのご婦人は一方的に同じ言葉を繰り返すばかりです。
すると、やっと手の空いた看護師さんが駆け付けてきて、私に何度も頭を下げながら
「○○さん。これはね、○○さんが点滴の管を外さないためにしてるんですよ。
だから元気になって点滴が外せるまで、もう少し我慢してくださいね」と言ってくださいました。
これを聞いたご婦人もニコリと微笑んで
「へえ、そうなのね。分かりました。ありがとうね!」
と納得されます。しかし、その看護師さんが立ち去るとまたすぐ同じように「すみませ~ん!すみませ~ん!」と絶叫……。
この様子に、私はようやく「この人は認知症も抱えているのかもしれない」と理解しました。
けれどその周りにも、不自然に自分の手のひらを振り続ける人や、骨折していることを理解できず何度も立ち上がる人の姿が。
私は急に怖くなって、おばさんの病室に急ぎました。
しかしそこで、もっと衝撃的な場面に遭遇するのです。

大好きなおばさんの、衝撃的な姿

たどり着いたおばさんのベッド。カーテンが引かれていたのですが、何も考えていなかった私は、「おばさんこんにちは!」と中に入りました。
するとそのベッドでは、下半身を丸出しにしたばかりのおばさんの姿が!おむつ替えの真っ最中だったのです。

(まさか、おばさんがおむつをしているなんて!)

そんなこと、考えてもみなかった。
私が動揺して立ち尽くしていると今度は和ちゃんが
「ちょうどよかった!これ、家族は全員できるようにしないといけないんだよ」
と言ってきたのです。
(私が、おばさんのおむつを替える!?)
すっかり混乱した私には、そのあと看護師さんが詳しく教えてくださった新しいおむつを履かせる手順も、まったく頭に入りませんでした。
それどころか、初めて見る自分以外の女性の恥部に、耐えきれず目を伏せてしまったのです。
ただ唯一覚えているのは、その時のおばさんの表情です。
まったく言葉を発さずにされるがままになっていたおばさんの目は、半開きで静かに空を見つめていました。
悲しんでいるようにも悟っているようにも見える、なんとも心の読めない表情。
恥ずかしいから無表情なのかな?とも思いましたが、もしかすると、おばさんはすでに無で、私が勝手に自分の想像を映していただけなのかもしれません。

知らないということは恐ろしい

慌ただしく退院の支度はすみ、あっという間にタクシーに乗り込んでおばさんは自宅に帰りつきました。
道中、移動の負担もありおばさんはぐったりと無言のまま。ベッドに横たわると同時に、深く眠ってしまいました。
しかしその数時間後、おばさんは驚くような大声を出すことになります。
原因は、この後部屋に現れた派手で豪快なケアマネさん。
本来なら、私たち介護者家族が一番頼るべき人なのですが……。
これから私たちは、おばさんを大事だと思うあまりその言動に一喜一憂し、本当に必要なものからどんどんと遠のいていきます。
それは介護職に就いた今だからこそ分かることなのですが、自分の家族こそが世界で一番不幸だと思うと、その傷に媚びへつらう人しか受け入れなくなり、意固地になってしまうのです。
けれど介護は広く、認知症は深いもの。今思うと、私たちはもっと強く賢くあるべきでした。もっと認知症を知るべきでした。

【つづく】
※この作品は、登場人物のプライバシーに配慮して設定を変えていますが、私が体験した事実に基づいた物語です。

ABOUT ME
坂本淳仔
アマチュア劇団の座付き作家、ライターを経て、上京後公募作家に挑戦(集英社ビジネスジャンプ漫画原作、池袋演劇祭、KADOKAWA「幽」怪談実話コンテスト、戯曲など多数入賞)。しかし現在は、相次ぐ親の看取り経験から公募審査員のバイトを退職。初任者研修を修了後、レクリエーションボランティアを経て、デイサービスに勤務。高齢者サロンのスタッフ、行政の文化振興委員のお手伝いをしています。