介護コラム

与薬介助と医療行為と猫マンマ~薬にまつわる話:後編~

介護施設における与薬介助は「猫マンマ」が主流で、介護職員が主体となって対応している。
前編ではそれらに触れながら、与薬について掘り下げた。
そこで今回の後編は、実際に介護施設の現場でありがちな「与薬のトラブル」をいくつかピックアップし、さらに掘り下げてみよう。

薬を“床”に落とす

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与薬介助の際に、「手が滑って薬を床に落としてしまった」というケースはなきにしもあらず。
ゆっくりと個別ケアができる環境なら薬を落とすほど焦ることもないだろうが、限られた人数で対応せざるを得ない介護施設の現場では、そうしたニアミスは少なくない。
それなら万が一、薬を床に落としてしまった場合、洗えば与薬できるものだろうか?

床に落とした薬は使えない

結論から言うと、薬を床に落とした時点でもうその薬は使えない。
落とした薬は、基本的に見つかるまで探さなくてはならない。職員が拾うならまだしも、利用者が間違って飲んでしまったら、時として命に関わる問題に発展するからだ。
見つけたら看護師に届けて、新しい薬と交換してもらう必要がある。

なぜ床に落とした薬はダメなのか?

例えば薬が見つかったとき、床に落としたことより、見つけられた安堵感が強くなることもある。
そうした場合、すぐに拾ってフーフーすればOKという「3秒ルール」を使いたくなる気持ちは分からなくもない。
実際に私も「ヒヤリハットが瞬時に頭をよぎり、3秒ルールで葛藤した」経験はある。
ただ、それをして大丈夫だという根拠はない。

院内感染や医療環境の分野では、床下20cmには菌が蔓延するため、「床に落ちた薬は感染源の可能性が高くなる」といわれている。
これを現場流に置き換えれば、薬がお膳・お盆からテーブルに飛び出す程度はセーフ、床に落ちた時点でアウトといえるだろう。
また、その薬を利用者に飲ませて何かあった場合、個人の職員がすべての責任を取れるのかといえば答えはNOだ。辞職してチャラになるものでもない。
だからうかつに3秒ルールは使えないし、洗えばOKというレベルでもないのだ。

「本来なら床に落ちた物を人の口に入れるのはあり得ない」に尽きるが、節操がなくなりつつある時代のため、モラルや倫理の一言では収まりもつかないといったところだろう。

誤薬時の対応方法やリスク

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誤薬させてしまった場合は、やはり早期対応に尽きる。
とはいえ原則として介護職員は吸引などの医療行為ができないため、利用者の口の中に手を入れたり、背中を叩いて薬を出させるのが基本的な対応方法になる。
もし薬が取り出せないようであれば、すぐ看護師に報告して、その後の指示を仰ぐほかない。

一方、薬を取り出すときは、利用者が不安定な状態のため、配慮しながら慎重に行う必要も出てくる。
その際に考えられる主なリスクとして、呼吸困難や嘔吐、血圧の急激な上昇および下降、パニックによる心臓発作が挙げられる。
また介護職員側は、「手を噛まれる」といったことなどに気をつけなければならない。

介護職員のメンタルリスクを回避するには?

誤薬事故というのは、薬を配り間違えることで起きてしまう場合もある。
それに気づかず誤薬と直面した介護職員は、戸惑いや不安から自分をコントロールするので精一杯になりがちだ。

やはり普段から、配薬状況などを把握しておくことに越したことはない。
どう把握すればよいのかというと、利用者の病状から薬を知ることが手っ取り早い方法になるだろう。
薬の方から入ってしまうと、一度に覚えることがたくさん出てくるので、「○○さんは排尿が少ないからラシックス(利尿剤)を飲んでるんだ」という感じで向き合ってみるとよいかもしれない。

また、そうやって配薬状況を把握していけば、薬の副作用についても注意が向くようになる。
例えば、リポバス(高脂血症用の薬)とグレープフルーツ(柑橘類)の飲み合わせが悪いことを知っておけば、配薬だけではなく食事面からも誤薬を防げる。

あくまで「薬の知識は浅く広く」、そして「利用者一人ひとりが飲む薬を確実に把握する」ことで、いざというときのメンタルは平常に保てるはずだ。

薬を紛失した場合

薬が見つからない場合、まずヒヤリハット報告書を作成し、次に紛失した薬を充当すべき手配を行い、さらには利用者や家族への対応……と、仕事量は確実に増える。
どれも骨入りの仕事に変わりないが、薬の手配ほど面倒なことはない。
薬局や医療機関に対する“気まずい催促”の連絡はもちろん、その際には紛失した原因も説明する必要があり、場合によっては取りに行かざるを得なくなる。

とはいえ、それらの大半は看護師が対応する。
薬を紛失しても翌日には不備なく与薬介助ができているのは、看護師が水面下で動いているからなのだ。
薬の紛失時は介護職員の仕事量も増すが、見えないところで薬の手配に奔走する看護師の努力も忘れてはならない。
その一方で、グループホームなどでは看護師不在のところが多いため、薬の仕分け方法も含めて、いろいろと参考にできる意見を聞けるだろう。

ちなみにそうした仕事を看護師任せにしておけば、その分の風当たりが強くなることは言うまでもない。
人間関係における離職が多い介護業界だからこそ、職員同士も配慮すべきではないだろうか。

誤薬予防は申し送りから

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このようにして見てみると、やはり誤薬時の経過を記録してあるヒヤリハット報告書を活用すれば、その傾向から対策に向けた取り組みができる。
しかしそれはリスクヘッジであり、水物と呼ばれる介護の現場ではヒヤリハット一辺倒では通用しない。
ならどうするかといえば、まずは申し送りの時間を有意義に使うことが最善だろう。

その日にあった状況確認はもちろん、自分で収集した情報を全体に発信することだってできる。
もし申し送り時に情報の共有が難しいようであれば、いっそのこと「配薬状況」という項目をつくってもよいかもしれない。
いずれにせよ、介護の現場でやり取りされる情報量は多すぎるため、「休憩時間はもっぱら猫マンマで掻っ込む」というような現状は続くことになりそうだが……。

ABOUT ME
鹿賀大資
コラムニスト兼フリージャーナリスト。小江戸川越出身。ニュースサイトにて、90年代の時事やビジネス系などのコラムを執筆。そのほか、観光サイトの編集者として、地元埼玉の地域情報も配信。介護職員歴は7年(施設系)。2006年に介護福祉士を取得。介護の現場から離れて約10年になるも、文筆の世界で学んだ「見聞力」を生かして、見え隠れする問題を提起。